インタビュー

ケアホームキーパーソン 田辺なおみさん

「ケアホームができたら絶対迎えに来る」
メンバーさんとの約束の場所で
働く喜びと誇りを胸に。

「住み慣れた地域でいつまでも暮らしたい」。そんな、人として当たり前の願いが、重度重複障害者・重症心身障害者のみなさんには叶わないことがあります。約8年前、「ゆう」のメンバーさんの中にも、ご家族の病気のため、やむを得ず県外の施設に入所された方がいらっしゃいました。それは、メンバーさんにとっても、ご家族にとっても、スタッフにとっても、不本意でやりきれない出来事でした。

「ケアホームができたら絶対に迎えに来る」。当時、「ゆう」のスタッフとしてそんな想いを抱いた田辺なおみさん。現在は、そのケアホームのキーパーソンとして、日夜メンバーさんの暮らしを支え続けています。そんな田辺さんが、今、思うこととは―。メンバーさんと田辺さんの“約束”のストーリー、そして、メンバーさんとともに生きるこの仕事の意味を、感じ取ってみてください。
田辺なおみさん
田辺なおみさん
子育てと家でのお仕事に専念していましたが、お子さんの発達障害をきっかけに障害福祉の世界に興味を持ち、『ゆう』で支援スタッフとして働きはじめました。ケアホーム『はなあかり』のオープンとともに責任者となり、スタッフたちとのチームワークでメンバーさんの24時間の生活を優しく見守っています。

母のような愛情と、地域生活を支える責任と

4人のメンバーさんが、それぞれの部屋で自立生活を送るケアホーム「はなえみ」。田辺さんはここで、キーパーソンとして働いています。「キーパーソン」とは、日夜入れ替わるスタッフ間の連絡に携わる現場リーダーのこと。体調や睡眠、食事の様子など、メンバーさんの暮らしを複数のスタッフで支えるケアホームの仕事に欠かせない、重要な役割を担っています。
田辺さんは、週1日の夜勤を交えた週5日勤務で、「はなえみ」で暮らす4人のメンバーさんの暮らしを支えています。それに加え、月に1~2日は日曜日に夜勤に入ることも。
「今、3人の方は、毎週日曜日の午後に、ご家族のもとに帰られます。でも、お母様が亡くなられていて、お父様もご高齢で、ずっとここで過ごされているメンバーさんがいらっしゃって。それで、日曜日の夜はスタッフがひとり夜勤に入っているんです。」
田辺さんインタビュー風景
メンバーさんやご家族の事情はそれぞれ。一人ひとりの暮らしの場であるケアホームでは、このように様々な形で、スタッフが勤務を組んで対応しています。中でも夜勤は、メンバーさんの様子を気にしながら廊下に布団を敷いて仮眠をとるような、心身ともに負担の大きい仕事。でも通所施設「ゆう」での勤務を経てケアホームで働く田辺さんは、ここならではの喜びも感じているのだとか。

「ここに帰って来られると、メンバーさんは本当にホッとした顔をしてらっしゃって、『あぁ、おかえり』と母親のような気持ちになります。楽しいことがあってニコニコしていたり、声を出して笑っていたり、それは、『ゆう』で見せるのとは違う顔。メンバーさんの両方の表情を見られるのは、うれしいですよね。」
支援風景
ジャズが大好きで自室でCDを聴きながらくつろいでいる充さん、いつも同じ場所にいるのが好きな慎吾さん、日中の楽しいことを思い出してか夜遅くまで笑い声のある友紀子さん、「ゆう」で動かした身体をゆっくり休める奈々さん。
田辺さんは、4人のキャラクターについて、目を細めながら楽しそうに話します。
「メンバーさんたちは、まるで本当の兄弟姉妹のようにお互いを思いやりながら暮らしています。私たちに『お母さんの代わり』はできないかもしれません。でも、メンバーさんが体調を崩されても、ご家族は、安心して私たちに委ねて行かれる。そうやって信頼してくださっていることは責任を感じますが、うれしいですし、やりがいにもつながりますね。」

田辺さんは、一方で、「災害などがあったとき、自分たちでだけは逃げられない」という緊張感も抱いていると言います。夜間は、メンバーさん4人に対して、スタッフは2人。歩くことのできないメンバーさんを自力で連れ出すことは、大変な困難を伴うことです。このため田辺さんは、「ゆう」への送り迎えに車椅子を押して歩く際、近所の方にできるだけ挨拶をしながら通ったり、ケアホームで開くイベントにもご招待したり。メンバーさんと地域の人々とのつながりをつくるため、日々努力を怠りません。

母親のような愛情と、地域生活を支える責任感。より家庭に近い暮らしを支えるケアホームの仕事に必要不可欠なこれらの要素を、田辺さんは自然に感じ取り、実践しているのです。
母親のような愛情と、地域生活を支える責任感。より家庭に近い暮らしを支えるケアホームの仕事に必要不可欠なこれらの要素を、田辺さんは自然に感じ取り、実践しているのです。
田辺さんお仕事風景

約束の場所で、「私も暮らす」という決意

田辺さんがみなと舎で働き始めたのは、15年前。それまで、子育てをしながらご主人の仕事を手伝われていた田辺さんがこの世界に飛び込んだのは、2人目のお子さんの誕生がきっかけでした。

「実は、下の子に発達障害があることに気がついて。それで、みなと舎でお仕事していく中で、私にとっても娘にとっても、何かプラスになるといいな、という気持ちで入ったんです。」

最初は非常勤で介護スタッフとして働き始め、すぐに常勤になった田辺さん。それは、仕事から得るものが大きかったからだと言います。

「メンバーさんから『待つ』気持ちを学びました。こちらの想いがそのまま伝わるとは限らない。ゆっくりと順を追って、一つひとつ理解してくれることを待つことの大切さを、すごく感じて。自分も、娘に対して待てるようになったかな、と思います。」

そんな田辺さんに、ひとつの試練が訪れます。「ゆう」で田辺さんがリーダーを務める部屋に所属していたメンバーの朋美さん。彼女のお母様が病気を患い、朋美さんは静岡の施設に入所することになったのです。当時、みなと舎唯一のケアホーム「はなえみ」は満室。県内に入所できる場所も見つからず、止むに止まれぬ苦渋の決断でした。

「朋美さんが入所するとき、静岡まで一緒に行ったのですが、そこがあまりにも遠くて。お別れするときに、『もしケアホームができたら、絶対私が迎えに来て、そこで暮らす』と誓いました。」

それから約1年後、メンバーさん、ご家族、スタッフ、様々な人々の想いが重なりあい、みなと舎として2つ目のケアホーム「はなあかり」が誕生。田辺さんは約束通り、朋美さんを迎えに行くことができました。

「お別れのときは何とも淋しい思いで帰ってきたので、迎えに行けたときは本当にうれしかったです。『はなあかり』ができて、入ってもらえることが決まって、それはそれは、うれしかったですね。」

「はなあかり」誕生と同時に、田辺さんは「ゆう」からケアホームの勤務に異動。キーパーソンとして、日夜、顔の知れたメンバーさんの暮らしを支えるようになりました。
食事介助をしている様子

メンバーさんと一緒に、笑っていたい

今年はじめには、6年間勤務した「はなあかり」から「はなえみ」へ異動し、ますます仕事の幅を広げている田辺さん。今では成長したお子さん、旦那さま、そして3匹の犬とともに、プライベートも楽しみながら、メンバーさんの日々の暮らしを支え続けています。最後に、この仕事について感じていることを聞きました。

「みなと舎のスタッフは、メンバーさんたちの表情を本当によく見ていて、第一に考えて動く。惜しみなく動き、適格に手を差し伸べる。そんな場所で働いていることを、すごく誇りに思っています。これからもメンバーさんには、健康面に気をつけながら、美味しい物をたくさん食べていただきたい。企画も楽しんでいただきたい。私も、メンバーさんと一緒に笑っていたい。楽しい時間を過ごしていきたいと思っています。」

メンバーさんやご家族の、すべての願いを叶えることができないかもしれない。でも、より良い暮らしを送ってほしい、笑顔でいてほしい――。

そんな等身大の想いでつくられている「みなと舎」の暮らしの場。ここには今日も、メンバーさんの想いを明日へとつなぐ、たくさんの笑顔があふれていることでしょう。
メンバーさんと田辺さん

(2015年取材)

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